阿武山観測所について

概要

阿武山観測所は、大阪府高槻市の北方、標高281mの『阿武山』山頂から南へのびる尾根の突端頂部、通称『美人山』の山頂付近にあります。
美人山の標高は218m、山麓を有馬-高槻断層帯に境され、隆起した北摂山地の南端に位置し、天然の展望台となっています。
塔の屋上はもちろん、本館の2階以上からも、大阪平野を一望することができます。
晴れた日には淡路島や関西国際空港までも遠望でき、夜となれば、眺望は地の果てまで続くような無数の光の海に変わります。
阿武山観測所は、昭和2年(1927)3月7日発生『北丹後地震』(マグニチュード7.3、犠牲者約3,000人)の後、地震研究を進めるため、昭和5年(1930)、『阿武山地震観測所』として創設されました。
原奨学金の援助を受け、地元からは約3万坪におよぶ用地を300年間の契約で借用させていただいています。
建物は、斜面であることを生かし、2階建ての西館と3階建ての本館・東館を上下および左右にずらす変化を与えています。
平成19年(2007)大阪府『近代化遺産総合調査報告書』で『注目すべき近代化遺産』として記載されました。

阿武山観測所について・建築1

阿武山観測所のあゆみ

昭和 5年(1930)5月10日、京都帝国大学理学部地球物理学教室の実験室を阿武山の高槻市奈佐原944番地に移転、原奨学金による志田順教授の創設。
昭和 8年(1933)京都帝国大学地震研究所『阿武山地震観測所』完成、初代所長・志田順教授、世界一級の地震観測所として評価されていく歴史を歩み始める。
ドイツ製『ウィーヘルト式地震計』設置。
理学部で大正7年(1918)から使用の『重錘式圧縮装置』移設。
昭和 9年(1934)4月22日、観測所敷地内の地震観測用トンネル掘削中偶然、『阿武山古墳』発見。
昭和10年(1935)この頃、イギリス製『ガリチン式長周期地震計』設置、阿武山観測所初の電磁式地震計。
昭和11年(1936)6月、佐々憲三教授設計『佐々式大震計』設置。
昭和22年(1947)10月、『京都帝国大学』を『京都大学』と改称。
昭和27年(1952)研究報告『Seismological Bulletin, ABUYAMA』創刊、世界中の地震研究機関に配布。
昭和29年(1954)理学部附属教育実習施設となり、地震研究室として機能。
昭和38年(1963)微小地震観測開始、滋賀・甲南町、京都・京北町、上加茂、八木、大阪・妙見山の5ヶ所に観測点設置。
昭和40年(1965)地震予知計画開始。
昭和41年(1966)11月、兵庫・神戸、但東、丹南、津名に観測室設置。
昭和42年(1967)『微小地震移動観測班』設置。アメリカ製『プレス・ユーイング式長周期地震計』設置。
昭和45年(1970)『微小地震移動観測班』を『総合移動観測班』に改組。
昭和46年(1971)阿武山地震観測所構内地下に総延長250m超の観測坑道および地下観測室設置、高感度地震観測開始。
昭和47年(1972)『阿武山地震観測室』設置。地殻変動連続観測開始。
昭和48年(1973)理学部附属『地震予知観測地域センター』設置。『三軸独立加圧式六方押プレス』設置、数万気圧下の岩石の変形、破壊実験開始。
昭和51年(1976)『微小地震テレメーター観測』開始、観測点ごとのデータを、専用回線、無線伝送により集中記録。
平成 2年(1990)6月、防災研究所と統合し、附属地震予知研究センター『阿武山観測所』となる。
平成 7年(1995)3月、微小地震テレメータ観測、高温高圧実験など主な研究機能を宇治キャンパスに移転。
平成 8年(1996)『Seismological Bulletin, ABUYAMA』廃刊、歴史的役割終了。
平成 9年(1997)『ウィーヘルト式地震計』観測終了。
平成19年(2007)大阪府『近代化遺産総合調査報告書』に阿武山観測所を『注目すべき近代化遺産』と記載。
平成22年(2010)次世代型稠密地震観測網『満点計画』の拠点となる。
平成23年(2011)阿武山観測所・歴代地震計を活用した、阿武山観測所『サイエンス・ミュージアム構想』開始。
平成26年(2014)夏、耐震化・機能改修工事開始、一時閉所。
平成27年(2015)春、耐震化・機能改修工事終了、通常業務再開。
平成30年(2018)4月、阿武山観測所『サイエンス・ミュージアム構想』が『阿武山地震観測所・サイエンスミュージアムプロジェクト』として本格化。
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