阿武山観測所の歴史

 阿武山観測所は,1927年の北丹後地震(マグニチュー ド7.3,犠牲者約3,000人)の発生後,地震の研究を進める ため,1930年に設立されました。

 原奨学金の援助を受け, 地元からは約3万坪におよぶ用地を300年間の契約で借用させていただいています。開設と同時にウィーヘルト地震計(1トン)が設置され,その後も最新の地震計の導入や各種の地震計 の試作・改良が行われ,佐々式大震計などが追加されました。 世界で初めて地震波を電気変換して今日の高性能の地震観測 の先鞭を付けた,ガリチン地震計も設置されました。

 1960年代 からは,世界標準地震計網の一つとして,プレス・ユーイング型長周期地震計による観測も開始され,地球物理学の発展に貢 献しました。広帯域・広ダイナミックレンジの観測体制 により,世界の第一級地震観測所として評価され,観測 結果は,1952年から1996年まで,Seismological Bulletin, ABUYAMAとして世界中の地震研究機関に配布されま した。長年続けられた地震観測により,1943年鳥取地震, 1944年東南海地震,1946年南海道地震,1948年福井地震 等の貴重な記録が得られ,地震現象の解明に大きく貢献 しました。なかでも,佐々式大震計による鳥取地震およ び福井地震の長周期(10秒から30秒)波形は,金森博雄博 士(カリフォルニア工科大学名誉教授,平成19年度京都賞受賞)の断層モデルによる解析(1972年)に使われ, 世界的に有名となりました。また,プレート境界地震の発生予測は,基本的には,アスペリティモデルと呼ばれる,「同様の地震が同じ場所で繰り返す」というモデルに基づいて行われていますが,このモデルの検証のためには,同じ場所で発生した大地震の波形の比較が極めて重要です。最近の例では,阿武山観測 所に保管されていた1933年,1936年,1937年の3発の宮城県沖地震の記録は,アスペリティモデルに基づ く2004年宮城県沖地震の中期的発生予測において重要な貢献を果たしました。

 地震予知研究計画発足前夜の1962年には,防災研究所に,「本邦地震活動度の地理的分布調査のための 観測事業」経費が交付され,阿武山観測所も分担して,観測網による微小地震観測が開始されました。 その後, 1973年には,阿武山観測所に地震予知観測地域センターが併設され,1975年からは近畿北部に展開 した観測網の記録を定常的にオンラインで収録する微小地震観測システムが稼働し始め, リアルタイム自動処理も行われました。国内はもとより世界で初めてのこの自動処理定常観測システムは,計算機による オンライン自動読み取り処理結果をグラフィックディスプレイでオペレーターがマニュアル修正するなど, 30年以上前としては大変先進的なものであり,データの質と量をそれ以前に比べて飛躍的に高めました。 その後,これらのシステムは全国的に普及し,現在の地震観測方式の基となっています。これらのデータ に基づき,計算機による微小地震の震源決定,微小地震の発震機構の解析,地震発生域の深さの変化と大 地震の断層との関係や,地震発生域の応力場と強度についてなどの先駆的な研究が行われました。このシステムは,1995年兵庫県南部地震以降,防災科学技術研究所のHinetのシステムに発展し,業務的な観測 として全国展開され,多数の世界的な成果を挙げています。

 また,1971年には,敷地内に総延長250mを越える観測坑道が設置されるのに伴い,地殻変動連続観測や地下水観測なども実施され,近畿地方における地震予知研究のための各種基礎的データが蓄積されてい ます。地震や地殻変動観測だけでなく,1918年に理学部で開始された高温高圧実験の装置は阿武山観測所 に移設されたうえ,科研費等により高圧装置等が次々に追加され,高温高圧下での岩石の変形・破壊実験等も行われていました。

 1990年,理学部および防災研究所に属する地震予知関 係部門が統合され,防災研究所附属地震予知研究セン ターが設立されました。1995年の地震予知研究センター 研究棟竣工に伴い,阿武山観測所の主な観測装置および人員も宇治キャンパスに移転することになり,これから近畿地方での本格的な地震観測が始まろうとしていた矢先,それに先んじて,1995年1月,兵庫県南部地震が発生しました。

 現在,西南日本の内陸で地震活動が活発化していると言われています。過去約1千年のデータによると,南海トラフの巨大地震の前50年後10年の期間には,それ以外の期間に比べて,西南日本で被害地震の数が約4倍となっています。次の南海トラフの巨大地震は,今世紀 半ばまでに起こる確率が高いと言われていますので,近畿地方でも内陸大地震の活動期に入ったと考えられます。さらに,最近,近畿地方中部,北摂・丹波山地を中心として微小地震活動の低下(静穏化)が見ら れています。2003年頃より,微小地震活動が約3割少なくなっている訳ですが,同様の静穏化は兵庫県南 部地震の前にも見られており,現在その推移を注意深く見ています。

 しかしながら,既存の観測網の観測点間隔は数十km程度であり,それは内陸大地震の断層のサイズと同程度となっています。そのため,上記の静穏化の意味することや,近畿地方の断層にどのようにひずみが集中しているかなど,内陸大地震の発生予測に直接役立つ情報を得ることは難しくなっています。
 幸いにして,平成18年度総長裁量経費(超多点フィールド計測システムの開発)をいただき,それをベー スとして,安価で取り扱いが容易でかつ高性能の地震観測システムを開発しました。これまでの装置と違って,1万点規模の観測が可能なことから,「満点」地震観測システムと名付けています。この装置を近畿地方等に多数設置し,内陸大地震の発生予測と被害軽減に貢献したいと考えています。有馬-高槻構造線近傍の北摂山地にある阿武山観測所は,そのための重要な前線基地となります。

 以上のように,阿武山観測所は,発足当時から地震の観測研究において世界をリードしてきました。最近開発された「満点」地震観測システムも,現時点では世界最高のオフライン地震観測 システムであり,トップランナーとして,これからも地震防災研究を支えていきたいと考えています。